2014年12月21日

本場切絵

僕の日々の癒しであります「干物妹!うまるちゃん」がアニメ化するそうでめでたい、テンポよくクオリティも高くゆるくいってほしいものです。

とにかくきりえちゃんが好きです、百合属性のあるキャラの自然と惹かれるようです。真夏も黒タイツっていうのも最高です。立て続けに百合ニー。

20141221.jpg
posted by リョータロヲ. at 01:11| Comment(0) | 日記

2014年12月16日

シャロニー

前々回書いたのですが、ごちうさこと「ご注文はうさぎですか?」などというアニメに遅ればせながらハマっておりまして、私なんてものは普段は3周くらいして逆にヴィレッジヴァンガードを燃やしたいくらいの勢いでサブカル厨ですから、こう、しゃらくさいサブカル漫画なんてものが好きだったりするんで「ごちうさ」などというアニメにガチハマりしているなどと非常に言いづらいわけです。ネットの中心で愛を叫ぶしかないのです、中心どころか末端ですが。

このごちうさっていう漫画、いわゆる日常系などと呼ばれるジャンルで可愛い女の子がワチャワチャキャッキャウフフするだけの作品でして、別段思うようなヤマもオチも意味もない。最近というか数年前からそのようなアニメ作品や漫画が流行ってるようで、個人的に最初、そんなものが漫画として認められていることに嘆いてもおりました。

自分の中の記憶ではこういう日常系の先駆けはもう十数年前になりましょうか、あずまきよひこ先生の「あずまんが大王」だったかと思われます。
4コマ漫画といえば僕は新井理恵先生の「× -ぺけ-」という漫画がバイブルで、あと「コボちゃん」や「フリテンくん」でみなさん知ってると思われます植田まさし先生の皮肉に満ち溢れた作品が好きなのですが、まぁ、そういった今までの4コマ漫画と違った、なんというか4コマ漫画の1コマずつに割り当てられた起承転結の法則をブチ破る、なんなら4コマで落ちない4コマのスピーディーさを無視したマイペースな日常の一コマ(4コマなのに)、そういったものがドーンと4コマ漫画のシーンに降りてきたんだから無視したくても無視できません。

絵は可愛い気がするけどこれのどこが面白いの?と思いながら結局最後まで読んで、最終回には卒業を迎える登場人物の未来への希望に満ち溢れたかのような笑顔だけが、セリフもなく一人ずつ8コマほど使われてアップで掲載されており、なんともいいがたく凄い衝撃的でした。笑うところではないのですが4コマ漫画をそのように使われたのだから前衛的といいますか笑うしかありません。どこがおもしろいのかわからなかったけどここまでやられたら文句も出ませんでした。

そんな「あずまんが大王」をパイオニアとし、日常系と呼ばれる萌え4コマ漫画が増えていったかと思われます、パイオニアというのはなんでも素晴らしいものですが、何も大きなことが起こらない作品が手を変え品を変え増えていきましても、漫画なんて空想の世界くらい如何か致してほしいもので、このブームに首をかしげるばかりでした。「苺ましまろ」なんて漫画のキャッチコピーの「かわいいは正義」なんて言葉がごく一部で有名になりましたが、まぁ、この作品はギャグマンガとして優れてると思うので置いておいて、もし「かわいいは正義」なんて言葉がまかり通れば、可愛ければ正しいものになってしまう、これは絵柄のかわいい日常系萌え漫画のヤマもオチも意味もないことを正当化してしまうことになるんじゃないかと思ってきたわけです。

しかしですよ、今ハマっております「ごちうさ」の原作漫画を読んでみたんですけど、個人的な好みも含みますが絵が可愛い、色んな作品でもいえるでしょうがキャラの設定付けも可愛さを増長してる、この繊細なタッチの絵をずっと眺めていて内容など二の次で、ただ可愛いことに、そしてヤマもオチも意味もなく話が進行していくことにDANDAN心ひかれていったんです。

話はかわりますが僕は音楽CDを何千枚だかわからないですけど所有してるんですけど、洋楽というものをあまり聴かずそのほとんどが邦楽なんですけど、邦楽をメインに聴くのはやはり日本語で唄われてるからなんですよね、楽器の音とか演奏だとか歌唱力とかいろいろと作品によって着眼点はかわってきますが、基本的に歌詞が日本語っていうことでアタマにはいっていくんです。

でも世の中、歌詞などどうでもよく楽器の音や、メロディーラインにこだわる、むしろ歌詞が邪魔をするから理解できない言語のほうがいい、なんて人もいます。たしかに本当に良い作品になりますと音の粒ひとつひとつが良くて、そうなると歌詞などどうでもよくなります。音楽は音楽ですからむしろ言葉なんてものは本来、壁でしかないような気もします。

話は戻りまして、そういう本当に良い作品というものを考えますと、漫画の場合本質的な部分は絵であるような気がします。根本的なところで惹きつける絵を描かないと意味がない、そしてその絵が本当に良ければ話なんて二の次になるのかもしれない、それはそれで素晴らしい作品だと思いますし、可愛い絵の場合「かわいいは正義」が成り立つんではないでしょうか。

…などと、はたしていいトシして日常系萌えアニメなんて見て楽しんでる自分は客観的にみて許されるのか、と考えており、自分が萌えアニメにハマっていることを正当化する理由をいろいろ考えていたのですが、そもそもそれだけでは否定的だったヤマもオチも意味もないような日常系アニメを肯定してしまう理由として薄い気がします。

果たしてこうアニメを見る層がトシを重ね、ファーストガンダム世代なんてもうアラフィフくらいの勢いだと思うんですが、日本はそのうち老人がアニメを楽しむ時代が来るのか、水戸黄門や暴れん坊将軍のような勢いでガンダムとかを見るんだろうか、なんて思ってたのですが、どうやらお年寄りが時代劇を見るのは、シンプルなストーリー、わかりやすい勧善懲悪があるからだそうで、複雑な物語だとみないそうです。連邦とジオンの戦争にどちらかが正義でどちらかが悪などない、それぞれに正義がある、なんて話はお年寄りにはハマらないそうです、1話で悪いザクが出てきてガンダムが叩きのめし2話で悪いグフが出てきてガンダムが叩きのめす3話で悪いドムが…、そんな繰り返しこそが老人にむけた未来のガンダムの脚本なのかもしれません。

勧善懲悪とはかけ離れてますが、ごちうさにハマってる、むしろハマることができた現状、それがどうやって作られたか、なんて考えると、まったくアタマを使うことなくわかりやすい。それを好むというのは脳の構造が日常系アニメなんぞ!といってた頃から比べ、完全に老朽化してるのではないか、ということです。

若い層のオタクが増え続ける昨今ですが、年季の入った方もたくさんおられる時代ですし、そういう層がやはり金銭的なことでも時代を、文化を支えてる気がします。つまり、日常系アニメが増えて受け入れられてるのは単純なブームだけではなくアラサー以降の中年層の脳の老化により、受け入れられてるのではないか、と思います。

すなわち、日常系萌えアニメは未来における時代劇モノにとって代わる作品でごちうさはさながら水戸黄門みたいなものです。

老後が楽しみになってきました。死ぬまでぴょんぴょんしたいものです。



20141216.jpg
posted by リョータロヲ. at 23:54| Comment(0) | 日記

2014年12月13日

識字能力。

ところでところで「識字能力がない中学2年生女子百合萌え」なんてもの考えたんですけど、すごくよくないですか、これ。

sikiji1.jpg
sikiji2.jpg
posted by リョータロヲ. at 03:06| Comment(0) | 日記